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SNS

専門学校生時代のアルバイトから、ワタシが働いてきた業種は接客業だった。

女性ばかりの職場で、休憩時間はもとより、

仕事の合間にもおしゃべりは横行していた。

独身時代は余暇の過ごし方。

結婚してからは毎日の献立や日常の悩み事。

と、そんな大げさじゃない世間話を、上司の目を盗んでは花を咲かせ、

大きく膨らむ悩みになる前に、小さいままで処理することができた。

家業手伝いをするようになって、そんなたわいもない世間話ができる相手がいなくなった。

たわいもない会話ができない。

そのことの重大性に気づいたのは、SNSのはしりのmixiに大はまりしたときだった。

年令が近く趣味や環境の似た人のHPを訪問して、設置された掲示板でやりとりをして、

親密さを増してきたころ、

mixiの存在を知った。

当時のmixiは誰かに招待してもらわないとメンバーになれない方式だった。

いちげんさんお断り

その方式が”特別感”を増幅させ、面識はないものの掲示板で行き来していた人に招待され、

スイッチが入った。

誰もが見れるインターネットの中では、体面を保って書いていたことが、

閉鎖された隔離されたスペースでメンバーだけ、

しかも自分が”友達”と”承認した”人だけに公開する日記には、

なんでも書けた。

日々のたわいのないお互いの非公開日記に、

「激しく共感します!」

とコメントしあい、

ひんぱんにやり取りをするようになると、

遠く離れた地にいる人なのに、すぐ隣でしゃべっている気になって、

なにもかも通じ合える、昔からの”友達”と錯覚するようになった。

「わたしたち、友達だよね。」

そう書かれた。

トモダチ

そう、ワタシはトモダチに飢えていた。

心底悩んでいたことがあった。

年令関係なく、そのことでの先輩から的確なアドバイスをたくさんもらった。


冷静に考えたほうがいいですよ。

何のために、そのことに時間を割いているか。

もう一度、考えてみてください。


決断までかなりの時間がかかった。

それでもずっと付き合ってくれた。

その人とは、ある場所で1度会っただけだった。

面識があってからの、mixiの”友達申請”をお願いした人だった。



実際にあったことがない人。

自分の実態を知らない人。

自分の置かれている状況環境を少々大げさに書いても、

誰にもわからない。

”中”の自分がどんどん膨れていく。

自分がどんなにつらいのか。

少々大げさに書いても、誰も何も、

突っ込まない。

だって、知らないんだもん。

共感が自分を盛り上げて、本質からどんどんずれていく。

でも、”友達”の共感できない日記の内容には、真っ向から反対意見を書いた。

活字のこわさを知らなかった。

活字は残る。

活字は読み返せる。

反対意見は世間一般常識から外れていないと確信して書いていた。

相手は、それを求めているわけじゃない。

ただただ、共感してほしいだけ。

「そうなんだ。大変だね。頑張ってね。」

そう相槌を打ってほしかっただけ。

自分がもらったアドバイスで、違う考えを持てた自分だから、

この人にもそうして”あげ”たかった。

頻繁だった行き来の回数が減った。

良かれと思ってした発言は、相手が欲したことではなかった。

ついに繋がりを絶ってしまった。


トモダチってなんだろう。


いいことも悪いことも、言い合って自分の気持ちをすべてさらけ出せる間柄。

絶えず喧嘩をしていた幼友達。ことあるごとに絶交をし、何週間もしゃべらな日を作った。

学生時代の友人とは常に熱いディスカッションで周りからは、

「また喧嘩してるよ、あいつら。」

そういわれていた。当の本人同士は喧嘩だなんて毛頭思ってない。

それが”トモダチ”だと思っていた。


なんでも言い合えるのがトモダチなんじゃないの?

後味悪い。


当時は、それしか思わなかった。

自分も共感してくれる人を求めてこの場所に来た。

共感の前に反発されたら、この場所に居続けなかった。

たわいのない話をする相手がすぐそばにいたら、

この場所はなくてもよかった。

面識のある人ばかりだったら、もっと違う書き方で意見を言った。

そう自覚するまで、かなりの時間がかかった。

閉鎖されたエリアは危険だ。やっと気づいた。

危険を自覚し閉鎖されたエリアで発言することをやめた。

独りよがりの自己肯定しかしない話題を客観的に見つめなおそう。

誰かに聞いてほしい話はブログにだけ書いた。

だれでも見ることができる場所だから、言葉を選んだ。


ただ、一方通行感は否めない。。。

それが淋しい。。。


と思っていたら、

「いつも読んでます。」

初めてあった人に言われた。

自分は知らなくても相手はワタシのことを知っている。

初対面から交流ができたある日、

「実は末ママブログいつも読んでる~」

と告白された。

書いてきたことが、

誰の目にも触れられてないかも。。

そう打ち込んできた文字が、ある人の大切な時間をいただいていたなんて。

想像もしてなかった。

共感します。

自分に直接伝わってこなくても、共感してもらえる人がいた。

これが快感だった。

それでいい。

それで十分充分。

読んでくれる人はちゃんといる。

画面の向こうでワタシの知っている人が読んでくれている。


それが励みになる。


そう思っていたけど、やっぱり欲は出る。

このブログを更新するたびに、

遠のいていたSNSと、

新しいSNSに、

140文字を通じて発信できるシステムを知って、設定してしまった。

それぞれのSNSから、イイネが届く。

イイネとともにコメントが届く。

うれしい。

日々の会話に飢えていたワタシは、またハマっていった。

今度は面識のある人からのイイネとコメント。

そうなると、イイネとコメントが欲しくて、それを意識して書いてしまう。

この人から、絶対イイネがもらえる。

そう意識して書いた。

ワタシはまた方向を見誤った。

意識した相手からの反応がないことに焦り、気持ちが落ち込んだ。

使い方次第、付き合い方次第で良くも悪くもなる。

自分の気持ちに正直に書きすぎることは、誰かに迷惑がかかる。

書けない。

書いちゃいけない。

書いちゃいけないフラストレーションをどう解消するか。

言葉の妙を俳句の先生、夏井いつき先生から学んだ。

本を読むしかない。

技を身に着けるために、図書館へ通った。

見方を変え、考え方を変えよう。

そう意識したころ、

実際に会って話ができる人たちに恵まれた。

その人たちは、決してうなづくだけじゃない。

共感してくれるけど、

ワタシの悪いところをズバリ指摘してくれる。

行き詰ったとき、キーボードを叩くより、

えーん、つらいよ~~~

と素直に泣ける人に出会えた。


それでもSNSはやめられない。

ちょっとちょっと、聞いてよ~~~

胸の内におさめておけない、くだらないネタを見つけると、

140文字に収まるように飛ばしてしまう。


誰かとしゃべりたい!

会話をしたい!


オンナからおしゃべりを無くすと、いろんなところに弊害が来ますよ。

考え方、付き合い方、使い方を間違えなければ、

こんな楽しい場所はない。

ってことで、インスタまで手を出してしまう末ママでした。



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