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この秋は忙しい

毎週録画しても、うーん、、、

と飽きてしまって最終回を迎える前に断念。

もしくは毎週録画さえ、する気もないドラマが続いた。

(NHKのドラマが面白すぎて、もっぱらオンデマンドにお世話になっております。)



が、しかし、

この秋は、ちょーーーー忙しい。


火曜  レディダヴィンチの診断 逃げ恥

水曜  地味スゴ

木曜  ドクターX  三ツ星の給食

金曜  砂の塔

土曜  ラストコップ

日曜  フルタチさん(ドラマじゃないけど~) キャリア


HDD内蔵テレビでよかった!




きれいなシワの作り方

雑誌”anan"に「アラサーからの思春期病」と題して連載されていたのの書籍化。


人となりを知るのに、その方が書いたエッセイを読むのが一番だよね~

コンビニ人間

授乳

と小説を読んで、

取材を受ける姿をテレビ画面で見て、

村田紗耶香さんて、どんなひと?

とすごく興味が沸いてしまった。


サブタイトル

淑女の思春期


体の変化に伴い、心が大きく変化してきた10代の思春期を、

現時点、アラサー世代になって感じたことを書かれている。

ワタシと一回り以上違うのに、

「そうそう!それそれ!そうだよね~」

と活字を追いながら声に出してうなずいていた。


感じるところが通じる。


何を着ていいかわからなくなる年頃。

同じ柄で色違いを買ってしまう服飾品。

カウンセリング化粧品を買えない。

老化とは言いたくないけど、明らかに、

”あのころ”とは違う。

心と身体の変化についていけないお年頃。


村井紗耶香さんにワタシ自身の思考回路を見抜かれて、そのまま書き写されたんじゃないか?

と錯覚してしまった。

(もちろん、そんなわけない!)

少ない字数のなかで、きっちりと書き込まれた起承転結の文章。

テンポのよい歯切れのよい文体は、

やっぱり大学の文学部できちんと学ばれたからに違いない。




高校時代、

図書室管理の先生と話をする機会がもうちょっと早かったら、

文芸部の先生にもうちょっと早く褒められたら、

「勉強なんて大嫌い!高校だけで十分じゃ!」

なんて決めつけなかったら。

どこぞの大学の文学部を受験したかもなぁ。。

っていうか、

あのころ、本格的に勉強してたらなぁ。。

と過去の自分を恨んでしまったのです。



校閲

ドラマで脚光を浴びている、

校閲

って仕事。

ああ、これが、

校閲

なんだね。


と最近しみじみ思う。


ブログを書いていると不特定多数の方の目に触れるので、

間違ったことはかけない。

昔々、パソコンを触り始めたばかりのころ、

自分の店の掲示板に、あやふやな記憶のまま、

ちゃんと調べるって考えもなく、

人名を思いっきり間違えて打ち込んだことがある。

間違いに気づいたのは旦那で、かなりあきれられた。


人名は絶対間違えちゃいかん。


変換ミスもそうだけど、なにより、

人名、固有名詞、漢字、アルファベットの綴り、地名、場所、位置関係等は調べて確定してから書くようにしている。

そんな風に癖がついたのは、とある人のブログの内容がものすごく詳しく書いてあって、

鉄道とか、飛行機とか、軍事装備品とか興味ない内容だったりしても、読んでいてワクワクが伝わってくる。

もともと、そちら方面がお好きな方なのだけど、

不確かなことがあったりすると、とことん調べてから、下準備してから書くそうだ。


校閲


は誰かが書いたものを、たとえ想像の世界だとしても、

文字で表現された間取りが確かなものか、模型を作って立証するってことまでされてるようだけど、

電車の乗り継ぎをトリックに殺人事件のアリバイ工作する小説で、

時刻表が改定になったタイミングとやらもふまえて立証できるか、


校閲


するんですよね。



一個人のブログでも、無責任な発信はしちゃけない。

事実じゃないことを公にさらすのは恥ずかしい。

文章のつながりもいいのか悪いのか、わかりやすいか?解りにくくはないか?

自己校閲してみるのです。

こうして打ち込んでいるものは、たいてい一晩寝かせます。

一晩寝かせて、読み直すと、

これ、変じゃん!

ここ、間違ってるじゃん!

この書き方じゃ解りにくいじゃん。。。


となって、

これでよし!

とUPしても、

あれ~???

という時もある。


自分の過去に書いたものを読み直して、記憶をたどることもある。

3年前のこと?

4年?

え~~~っ、あれって5年前だっけ?!

人間の記憶って本当にあやふやだね。


SNS

専門学校生時代のアルバイトから、ワタシが働いてきた業種は接客業だった。

女性ばかりの職場で、休憩時間はもとより、

仕事の合間にもおしゃべりは横行していた。

独身時代は余暇の過ごし方。

結婚してからは毎日の献立や日常の悩み事。

と、そんな大げさじゃない世間話を、上司の目を盗んでは花を咲かせ、

大きく膨らむ悩みになる前に、小さいままで処理することができた。

家業手伝いをするようになって、そんなたわいもない世間話ができる相手がいなくなった。

たわいもない会話ができない。

そのことの重大性に気づいたのは、SNSのはしりのmixiに大はまりしたときだった。

年令が近く趣味や環境の似た人のHPを訪問して、設置された掲示板でやりとりをして、

親密さを増してきたころ、

mixiの存在を知った。

当時のmixiは誰かに招待してもらわないとメンバーになれない方式だった。

いちげんさんお断り

その方式が”特別感”を増幅させ、面識はないものの掲示板で行き来していた人に招待され、

スイッチが入った。

誰もが見れるインターネットの中では、体面を保って書いていたことが、

閉鎖された隔離されたスペースでメンバーだけ、

しかも自分が”友達”と”承認した”人だけに公開する日記には、

なんでも書けた。

日々のたわいのないお互いの非公開日記に、

「激しく共感します!」

とコメントしあい、

ひんぱんにやり取りをするようになると、

遠く離れた地にいる人なのに、すぐ隣でしゃべっている気になって、

なにもかも通じ合える、昔からの”友達”と錯覚するようになった。

「わたしたち、友達だよね。」

そう書かれた。

トモダチ

そう、ワタシはトモダチに飢えていた。

心底悩んでいたことがあった。

年令関係なく、そのことでの先輩から的確なアドバイスをたくさんもらった。


冷静に考えたほうがいいですよ。

何のために、そのことに時間を割いているか。

もう一度、考えてみてください。


決断までかなりの時間がかかった。

それでもずっと付き合ってくれた。

その人とは、ある場所で1度会っただけだった。

面識があってからの、mixiの”友達申請”をお願いした人だった。



実際にあったことがない人。

自分の実態を知らない人。

自分の置かれている状況環境を少々大げさに書いても、

誰にもわからない。

”中”の自分がどんどん膨れていく。

自分がどんなにつらいのか。

少々大げさに書いても、誰も何も、

突っ込まない。

だって、知らないんだもん。

共感が自分を盛り上げて、本質からどんどんずれていく。

でも、”友達”の共感できない日記の内容には、真っ向から反対意見を書いた。

活字のこわさを知らなかった。

活字は残る。

活字は読み返せる。

反対意見は世間一般常識から外れていないと確信して書いていた。

相手は、それを求めているわけじゃない。

ただただ、共感してほしいだけ。

「そうなんだ。大変だね。頑張ってね。」

そう相槌を打ってほしかっただけ。

自分がもらったアドバイスで、違う考えを持てた自分だから、

この人にもそうして”あげ”たかった。

頻繁だった行き来の回数が減った。

良かれと思ってした発言は、相手が欲したことではなかった。

ついに繋がりを絶ってしまった。


トモダチってなんだろう。


いいことも悪いことも、言い合って自分の気持ちをすべてさらけ出せる間柄。

絶えず喧嘩をしていた幼友達。ことあるごとに絶交をし、何週間もしゃべらな日を作った。

学生時代の友人とは常に熱いディスカッションで周りからは、

「また喧嘩してるよ、あいつら。」

そういわれていた。当の本人同士は喧嘩だなんて毛頭思ってない。

それが”トモダチ”だと思っていた。


なんでも言い合えるのがトモダチなんじゃないの?

後味悪い。


当時は、それしか思わなかった。

自分も共感してくれる人を求めてこの場所に来た。

共感の前に反発されたら、この場所に居続けなかった。

たわいのない話をする相手がすぐそばにいたら、

この場所はなくてもよかった。

面識のある人ばかりだったら、もっと違う書き方で意見を言った。

そう自覚するまで、かなりの時間がかかった。

閉鎖されたエリアは危険だ。やっと気づいた。

危険を自覚し閉鎖されたエリアで発言することをやめた。

独りよがりの自己肯定しかしない話題を客観的に見つめなおそう。

誰かに聞いてほしい話はブログにだけ書いた。

だれでも見ることができる場所だから、言葉を選んだ。


ただ、一方通行感は否めない。。。

それが淋しい。。。


と思っていたら、

「いつも読んでます。」

初めてあった人に言われた。

自分は知らなくても相手はワタシのことを知っている。

初対面から交流ができたある日、

「実は末ママブログいつも読んでる~」

と告白された。

書いてきたことが、

誰の目にも触れられてないかも。。

そう打ち込んできた文字が、ある人の大切な時間をいただいていたなんて。

想像もしてなかった。

共感します。

自分に直接伝わってこなくても、共感してもらえる人がいた。

これが快感だった。

それでいい。

それで十分充分。

読んでくれる人はちゃんといる。

画面の向こうでワタシの知っている人が読んでくれている。


それが励みになる。


そう思っていたけど、やっぱり欲は出る。

このブログを更新するたびに、

遠のいていたSNSと、

新しいSNSに、

140文字を通じて発信できるシステムを知って、設定してしまった。

それぞれのSNSから、イイネが届く。

イイネとともにコメントが届く。

うれしい。

日々の会話に飢えていたワタシは、またハマっていった。

今度は面識のある人からのイイネとコメント。

そうなると、イイネとコメントが欲しくて、それを意識して書いてしまう。

この人から、絶対イイネがもらえる。

そう意識して書いた。

ワタシはまた方向を見誤った。

意識した相手からの反応がないことに焦り、気持ちが落ち込んだ。

使い方次第、付き合い方次第で良くも悪くもなる。

自分の気持ちに正直に書きすぎることは、誰かに迷惑がかかる。

書けない。

書いちゃいけない。

書いちゃいけないフラストレーションをどう解消するか。

言葉の妙を俳句の先生、夏井いつき先生から学んだ。

本を読むしかない。

技を身に着けるために、図書館へ通った。

見方を変え、考え方を変えよう。

そう意識したころ、

実際に会って話ができる人たちに恵まれた。

その人たちは、決してうなづくだけじゃない。

共感してくれるけど、

ワタシの悪いところをズバリ指摘してくれる。

行き詰ったとき、キーボードを叩くより、

えーん、つらいよ~~~

と素直に泣ける人に出会えた。


それでもSNSはやめられない。

ちょっとちょっと、聞いてよ~~~

胸の内におさめておけない、くだらないネタを見つけると、

140文字に収まるように飛ばしてしまう。


誰かとしゃべりたい!

会話をしたい!


オンナからおしゃべりを無くすと、いろんなところに弊害が来ますよ。

考え方、付き合い方、使い方を間違えなければ、

こんな楽しい場所はない。

ってことで、インスタまで手を出してしまう末ママでした。



えらいねぇ~

そんなにしょっちゅう行くわけじゃないけど、
大飯ぐらいの息子のために、昨日○○市場っていうスーパーマーケットへ行きました。
ニンジン、大根、ゴボウ、。。
煮物を作るための野菜たちと板こんにゃく。
買い置き用の細切れ豚肉は1000g入り。
特売の鶏むね肉はチキンカツにしよう!500g。
買いすぎ防止にカートは使いません!
だから、店内用買い物かご、チョー重い。
カート使えばよかった。
重さがあるから、ちゃっちゃと素早くレジに並んで清算してもらって、おつりを受け取るってタイミングで、
水色の園服を来たお嬢ちゃんが小さな箱を差し出しました。
レジのおねいさんは慣れた風にその箱を受け取り、
”お買い上げ済み印”のテープを張ります。
お嬢ちゃん、おひとりさま?なわけないね。
ママはちょっと遅れて登場でした。
テープを張ってお嬢ちゃんに返すと、

「ありがとう!」

とっても大きな声でお礼を言いました。

「わぁ、えらいねぇ~」

最近、心の声がダダ漏れのワタシ。
ついつい感嘆の声をあげてしまいました。
レジのおねいさんも、

「ほんとにちゃんと言えてえらいですよね。
なーんにも言わずに、さっーっと持ってっちゃう子も多いんですよ。」
笑顔笑顔笑顔(^^♪

「きっと、ママがえらいんだね。」
またもや心の声、ダダ漏れ。

おつりを受け取り、エコバッグに詰めるために壁沿いのカウンターに向かう私の背中に、

「あのおばさんが褒めてくれてましたよ。」

みたいな声が聞こえたーーーーーー!!!


穴ないですか?穴!
穴、掘って埋まっていいですか!?
ちょー恥ずかしい!!!
金曜日の夕方のイライラが募りまくりそうなスーパーマーケット。
レジ待ちの列はどこが一番早いか探りながらの時間。
自分の娘っていってもおかしくないくらい、ちょっとお疲れ風の若いママ。
きっと保育園の帰り道のお買い物。
きっと、
「かって~、まま、おかし、かってよー!!」
なんておねだりに負けちゃった?


自分の保育園子育て時代を思い出す。
いつも時間に追われ、一時も子供から目が離せない買い物タイム。
一週間の献立を考えて、週に一度の買い物ですませる。
そんな賢いやり方ができないワタシは、
行き当たりばったり、
その日の日替わり特売品からメニューを考える。
何を買えば節約になるか?
必死で思いめくらせてもメニューが決まらない。
買うものが決まらない。
ただでさえ思考回路が滞っている所に、
「これ、かって!!!」
と子供がワタシの大嫌いな”ねるねるねるね”とかを持ってくる。
財布の中身と反比例して、とどんどん増えるレジの金額と、
折り合いがつかなかったら何を返そう。。。

平常心でいられた記憶がほとんどない。
イライラ、疲労困憊、憔悴。。
子供のしつけを通して自分が評価される恐怖観念が常にあった。



穴を掘って隠れたかったけど、
あの若いママにちゃんと、
「ママ、えらいね。」
って言ったらよかった。
「ママが偉いね。」
そう、ママが一番偉いんだよ。
こんどこんなことがあったときには、
絶対言おう!

おじょうちゃん、ぼっちゃんもえらいけど、
もしかしたら、
おじいちゃんおばあちゃん、保育園、幼稚園の先生の教えかもしれないけど、

ママが一番えらいんだよ。
きちんとした評価をもらいにくい、子育て。
一生懸命、必死で頑張ってても、誰にも認めてもらえない日々。

今は今で、それなりの悩みはあるけれど、
小さい子の子育てっていう、長いトンネルを通ってきたおばさんができることって、
ママたちをほめちぎることだよね。

ママ、えらいよ!
頑張ってるよ!
大丈夫だよ!


子育てがんばれー!!
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