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刺激

自分の忘備録としてTwitterを使ってる。

自分だけが覚えていたいことなら、

発信する必要はないじゃん。

そう、それはそうなんだけどね、

先に”SNS”でも書いたけど、

読まれた方からの共感のお言葉がいただけるから。

それがとてもうれしいのです!!


最近のマイブームはもっぱら、逃げ恥。

このこと自体については、最終回が終わったら感想文を書きます!


逃げ恥についてのつぶやきに共感いただいたのは、

娘が保育園時代からお世話になった、

ピアノ教室のyumi先生でした。

会ってお話ししたい!

常々思っておりましたが、この逃げ恥がきっかけになるとは。。

yumi先生と最後にお会いしたのは、娘が中学2年のときかな

なにかと手を焼く娘に、

「第二の母」

と宣言してもらうほど気にかけてもらった娘です。

中学、高校と吹奏楽部で、音楽に心を豊かにしてもらって成長した娘ですが、

高校卒業して社会人になって、息抜きできる世界がなくなって、

同級生より一足早く世間に出て、いろいろ思い悩むことが多かったようで、

親からすると、

「世間じゃ当たり前!世の中そんな甘くない!

泣き言ばっか言ってたって、もっともっと辛いことはある!」

と叱責しか口から出なくて、追い詰め、追い込んでばかりいました。

まぁ、事実、そうなんだけど。

逃げ込むところは欲しかったんでしょうね。彼女も。

最低限の家族間の約束事も守らず、問題行動ばかりで手を焼きました。

yumi先生に諭してもらったら、娘の考えも変わるだろうし、素行も治るんじゃないか?

自分の思っていることや、考えていることを聞き出そうと、

問いただしても貝のように口をつぐんで下を向いて、メソメソ泣くばかりの小学生時代。

それと同じことを今もする娘。

yumi先生との時間でもそうだったそうです

そうは思っていても、社会人のとしての強さを身に着けてもらいたい親は、

1年、2年で職場を変えてほしくないので、強くしか言えないのですよね~


娘に会いたいと何度か言ってもらえた。

ワタシの頭の中は説教体制から抜けられない。

先生には娘との再会だけを楽しみにしてもらいたい。


逃げ恥で盛り上がって、ランチしましょ~

になって、先生の都合の良い日にちは、偶然にも娘が休みの日。

説教ばかりでワタシを疎ましく思う娘が、どう出るか。

「先生と会うことになったけど、どうする(一緒に行く?)?」

と恐る恐るlineしてみた。

「行きたい。」

即答。



つけま、からこん、ちゃぱつ、まきがみ。。


今時のおじょうさんの恰好を、

かわいくなったねぇ~~

と絶賛していただいた娘。

近況報告に、

えらいやん!

とほめられまくった娘。

自分の子供をしっかり褒める。って意外とできないものです。

褒めていただいて自信をもらった娘。

今日は娘の悪行は言いません。愚痴言いません。


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女性客ばかりのおしゃれなお店で、おいしいお料理。

娘の頑張りだけを話しましょう。

ランチの時間を超え、

「すみませんが。。。」

とお店の人に声をかけられるまで、話し続けました。

別れを惜しんでお店の外の駐車場でも、しばらく話し込んでしまいました。

同じように別れを惜しんでいるグループがもう一つ。

時間はどんだけあっても足りないのが女子会ですな。


先生に接すると必ず刺激を受ける。

ちょっと前、NHKで知った東田直樹さんの著書をお借りしたことや、

息子もADHDじゃないか?と言われたことがあって、

それから発達障がいに興味をもって、勉強会に出席されてて、そのこととか。

「文章を書くのに、ちゃんと大学行って勉強しとけばよかったって、今更、思うんですよ~」

なんて言ったら、

「今からでも遅くないやん。」

社会人になっても学ぶことをあきらめちゃだめ。

って。。

趣味や習い事、それより重厚な大学の社会人コースを教えられ、目から鱗!!!

自分には一番遠くて、まったく縁のない世界だと思っていた。

イエイエ、これは刺激が強すぎです。

でも、そんな道もあるんだ。

できること、できないこと、達成したいこと、やりたいこと、なりたいじぶん。

逃げ恥からの話題で、娘の、こんな大それた夢まで、

強い強い刺激を受けた時間なのでした。




この秋は忙しい

毎週録画しても、うーん、、、

と飽きてしまって最終回を迎える前に断念。

もしくは毎週録画さえ、する気もないドラマが続いた。

(NHKのドラマが面白すぎて、もっぱらオンデマンドにお世話になっております。)



が、しかし、

この秋は、ちょーーーー忙しい。


火曜  レディダヴィンチの診断 逃げ恥

水曜  地味スゴ

木曜  ドクターX  三ツ星の給食

金曜  砂の塔

土曜  ラストコップ

日曜  フルタチさん(ドラマじゃないけど~) キャリア


HDD内蔵テレビでよかった!




きれいなシワの作り方

雑誌”anan"に「アラサーからの思春期病」と題して連載されていたのの書籍化。


人となりを知るのに、その方が書いたエッセイを読むのが一番だよね~

コンビニ人間

授乳

と小説を読んで、

取材を受ける姿をテレビ画面で見て、

村田紗耶香さんて、どんなひと?

とすごく興味が沸いてしまった。


サブタイトル

淑女の思春期


体の変化に伴い、心が大きく変化してきた10代の思春期を、

現時点、アラサー世代になって感じたことを書かれている。

ワタシと一回り以上違うのに、

「そうそう!それそれ!そうだよね~」

と活字を追いながら声に出してうなずいていた。


感じるところが通じる。


何を着ていいかわからなくなる年頃。

同じ柄で色違いを買ってしまう服飾品。

カウンセリング化粧品を買えない。

老化とは言いたくないけど、明らかに、

”あのころ”とは違う。

心と身体の変化についていけないお年頃。


村井紗耶香さんにワタシ自身の思考回路を見抜かれて、そのまま書き写されたんじゃないか?

と錯覚してしまった。

(もちろん、そんなわけない!)

少ない字数のなかで、きっちりと書き込まれた起承転結の文章。

テンポのよい歯切れのよい文体は、

やっぱり大学の文学部できちんと学ばれたからに違いない。




高校時代、

図書室管理の先生と話をする機会がもうちょっと早かったら、

文芸部の先生にもうちょっと早く褒められたら、

「勉強なんて大嫌い!高校だけで十分じゃ!」

なんて決めつけなかったら。

どこぞの大学の文学部を受験したかもなぁ。。

っていうか、

あのころ、本格的に勉強してたらなぁ。。

と過去の自分を恨んでしまったのです。



校閲

ドラマで脚光を浴びている、

校閲

って仕事。

ああ、これが、

校閲

なんだね。


と最近しみじみ思う。


ブログを書いていると不特定多数の方の目に触れるので、

間違ったことはかけない。

昔々、パソコンを触り始めたばかりのころ、

自分の店の掲示板に、あやふやな記憶のまま、

ちゃんと調べるって考えもなく、

人名を思いっきり間違えて打ち込んだことがある。

間違いに気づいたのは旦那で、かなりあきれられた。


人名は絶対間違えちゃいかん。


変換ミスもそうだけど、なにより、

人名、固有名詞、漢字、アルファベットの綴り、地名、場所、位置関係等は調べて確定してから書くようにしている。

そんな風に癖がついたのは、とある人のブログの内容がものすごく詳しく書いてあって、

鉄道とか、飛行機とか、軍事装備品とか興味ない内容だったりしても、読んでいてワクワクが伝わってくる。

もともと、そちら方面がお好きな方なのだけど、

不確かなことがあったりすると、とことん調べてから、下準備してから書くそうだ。


校閲


は誰かが書いたものを、たとえ想像の世界だとしても、

文字で表現された間取りが確かなものか、模型を作って立証するってことまでされてるようだけど、

電車の乗り継ぎをトリックに殺人事件のアリバイ工作する小説で、

時刻表が改定になったタイミングとやらもふまえて立証できるか、


校閲


するんですよね。



一個人のブログでも、無責任な発信はしちゃけない。

事実じゃないことを公にさらすのは恥ずかしい。

文章のつながりもいいのか悪いのか、わかりやすいか?解りにくくはないか?

自己校閲してみるのです。

こうして打ち込んでいるものは、たいてい一晩寝かせます。

一晩寝かせて、読み直すと、

これ、変じゃん!

ここ、間違ってるじゃん!

この書き方じゃ解りにくいじゃん。。。


となって、

これでよし!

とUPしても、

あれ~???

という時もある。


自分の過去に書いたものを読み直して、記憶をたどることもある。

3年前のこと?

4年?

え~~~っ、あれって5年前だっけ?!

人間の記憶って本当にあやふやだね。


SNS

専門学校生時代のアルバイトから、ワタシが働いてきた業種は接客業だった。

女性ばかりの職場で、休憩時間はもとより、

仕事の合間にもおしゃべりは横行していた。

独身時代は余暇の過ごし方。

結婚してからは毎日の献立や日常の悩み事。

と、そんな大げさじゃない世間話を、上司の目を盗んでは花を咲かせ、

大きく膨らむ悩みになる前に、小さいままで処理することができた。

家業手伝いをするようになって、そんなたわいもない世間話ができる相手がいなくなった。

たわいもない会話ができない。

そのことの重大性に気づいたのは、SNSのはしりのmixiに大はまりしたときだった。

年令が近く趣味や環境の似た人のHPを訪問して、設置された掲示板でやりとりをして、

親密さを増してきたころ、

mixiの存在を知った。

当時のmixiは誰かに招待してもらわないとメンバーになれない方式だった。

いちげんさんお断り

その方式が”特別感”を増幅させ、面識はないものの掲示板で行き来していた人に招待され、

スイッチが入った。

誰もが見れるインターネットの中では、体面を保って書いていたことが、

閉鎖された隔離されたスペースでメンバーだけ、

しかも自分が”友達”と”承認した”人だけに公開する日記には、

なんでも書けた。

日々のたわいのないお互いの非公開日記に、

「激しく共感します!」

とコメントしあい、

ひんぱんにやり取りをするようになると、

遠く離れた地にいる人なのに、すぐ隣でしゃべっている気になって、

なにもかも通じ合える、昔からの”友達”と錯覚するようになった。

「わたしたち、友達だよね。」

そう書かれた。

トモダチ

そう、ワタシはトモダチに飢えていた。

心底悩んでいたことがあった。

年令関係なく、そのことでの先輩から的確なアドバイスをたくさんもらった。


冷静に考えたほうがいいですよ。

何のために、そのことに時間を割いているか。

もう一度、考えてみてください。


決断までかなりの時間がかかった。

それでもずっと付き合ってくれた。

その人とは、ある場所で1度会っただけだった。

面識があってからの、mixiの”友達申請”をお願いした人だった。



実際にあったことがない人。

自分の実態を知らない人。

自分の置かれている状況環境を少々大げさに書いても、

誰にもわからない。

”中”の自分がどんどん膨れていく。

自分がどんなにつらいのか。

少々大げさに書いても、誰も何も、

突っ込まない。

だって、知らないんだもん。

共感が自分を盛り上げて、本質からどんどんずれていく。

でも、”友達”の共感できない日記の内容には、真っ向から反対意見を書いた。

活字のこわさを知らなかった。

活字は残る。

活字は読み返せる。

反対意見は世間一般常識から外れていないと確信して書いていた。

相手は、それを求めているわけじゃない。

ただただ、共感してほしいだけ。

「そうなんだ。大変だね。頑張ってね。」

そう相槌を打ってほしかっただけ。

自分がもらったアドバイスで、違う考えを持てた自分だから、

この人にもそうして”あげ”たかった。

頻繁だった行き来の回数が減った。

良かれと思ってした発言は、相手が欲したことではなかった。

ついに繋がりを絶ってしまった。


トモダチってなんだろう。


いいことも悪いことも、言い合って自分の気持ちをすべてさらけ出せる間柄。

絶えず喧嘩をしていた幼友達。ことあるごとに絶交をし、何週間もしゃべらな日を作った。

学生時代の友人とは常に熱いディスカッションで周りからは、

「また喧嘩してるよ、あいつら。」

そういわれていた。当の本人同士は喧嘩だなんて毛頭思ってない。

それが”トモダチ”だと思っていた。


なんでも言い合えるのがトモダチなんじゃないの?

後味悪い。


当時は、それしか思わなかった。

自分も共感してくれる人を求めてこの場所に来た。

共感の前に反発されたら、この場所に居続けなかった。

たわいのない話をする相手がすぐそばにいたら、

この場所はなくてもよかった。

面識のある人ばかりだったら、もっと違う書き方で意見を言った。

そう自覚するまで、かなりの時間がかかった。

閉鎖されたエリアは危険だ。やっと気づいた。

危険を自覚し閉鎖されたエリアで発言することをやめた。

独りよがりの自己肯定しかしない話題を客観的に見つめなおそう。

誰かに聞いてほしい話はブログにだけ書いた。

だれでも見ることができる場所だから、言葉を選んだ。


ただ、一方通行感は否めない。。。

それが淋しい。。。


と思っていたら、

「いつも読んでます。」

初めてあった人に言われた。

自分は知らなくても相手はワタシのことを知っている。

初対面から交流ができたある日、

「実は末ママブログいつも読んでる~」

と告白された。

書いてきたことが、

誰の目にも触れられてないかも。。

そう打ち込んできた文字が、ある人の大切な時間をいただいていたなんて。

想像もしてなかった。

共感します。

自分に直接伝わってこなくても、共感してもらえる人がいた。

これが快感だった。

それでいい。

それで十分充分。

読んでくれる人はちゃんといる。

画面の向こうでワタシの知っている人が読んでくれている。


それが励みになる。


そう思っていたけど、やっぱり欲は出る。

このブログを更新するたびに、

遠のいていたSNSと、

新しいSNSに、

140文字を通じて発信できるシステムを知って、設定してしまった。

それぞれのSNSから、イイネが届く。

イイネとともにコメントが届く。

うれしい。

日々の会話に飢えていたワタシは、またハマっていった。

今度は面識のある人からのイイネとコメント。

そうなると、イイネとコメントが欲しくて、それを意識して書いてしまう。

この人から、絶対イイネがもらえる。

そう意識して書いた。

ワタシはまた方向を見誤った。

意識した相手からの反応がないことに焦り、気持ちが落ち込んだ。

使い方次第、付き合い方次第で良くも悪くもなる。

自分の気持ちに正直に書きすぎることは、誰かに迷惑がかかる。

書けない。

書いちゃいけない。

書いちゃいけないフラストレーションをどう解消するか。

言葉の妙を俳句の先生、夏井いつき先生から学んだ。

本を読むしかない。

技を身に着けるために、図書館へ通った。

見方を変え、考え方を変えよう。

そう意識したころ、

実際に会って話ができる人たちに恵まれた。

その人たちは、決してうなづくだけじゃない。

共感してくれるけど、

ワタシの悪いところをズバリ指摘してくれる。

行き詰ったとき、キーボードを叩くより、

えーん、つらいよ~~~

と素直に泣ける人に出会えた。


それでもSNSはやめられない。

ちょっとちょっと、聞いてよ~~~

胸の内におさめておけない、くだらないネタを見つけると、

140文字に収まるように飛ばしてしまう。


誰かとしゃべりたい!

会話をしたい!


オンナからおしゃべりを無くすと、いろんなところに弊害が来ますよ。

考え方、付き合い方、使い方を間違えなければ、

こんな楽しい場所はない。

ってことで、インスタまで手を出してしまう末ママでした。



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